杉本ゆう・プロフィール

【HISTORY① 学生時代 

1984(昭和59)年9月8日 足立区生まれ 

実家は梅田にある千代田商店街のサンキョー酒店。関東大震災の後、曽祖父が今の場所に引っ越してきて以来、ずっと(今年で95年目!)梅田在住の家族です。

 

 1988~1991年 春光幼稚園

中央本町のASP(当時)での「プール授業」、喜田屋さんのおまんじゅうが出る「お茶会の授業」などがあるユニークな幼稚園で3年間過ごしました。うめ組(年長)だったある日、友達とケンカになり悪口を言った時、担任の田代先生に叱られて2人とも門の外に出された思い出があります。「人の悪口を言わない」と言うことを学び、それ以降ずっと守ってきました。

 

 1991~1997年 千寿第五小学校(現・足立小学校)

3年生の時、新卒で赴任してきた池田先生の補助をして下さった小倉先生の「戦争体験のお話」を聞いて歴史に興味を持ちました。将来の夢の一つとして「学校の先生」という選択肢ができたのは6年間、良い先生方に巡り合えたことが大きかったと思います。5~6年生の時は中学受験の準備で大変でしたが、友達と野球をしてから塾に行くというタフな生活を送っていました。

 

 1997~2003年 早稲田中・高等学校 

中学時代は理系志望で物理部に入部するものの、高校時代は文系志望に。高校では運動会実行委員、文化祭実行委員など5つの委員会を掛け持ちして忙しく過ごしていました。高2の時、交流していたオーストラリアの高校の友達の家でホームステイすることになったものの、この頃、実家の酒屋の経営が厳しく、自分で貯めた小遣いで行くことに。自力で激安チケットを見つけ、マレーシア経由で20時間かけてメルボルンに行ったのがいい思い出です。

 

2003~2008年 早稲田大学政治経済学部政治学科

大学入学前年の日韓ワールドカップがきっかけとなり、ゼミでは韓国を主とした東アジア国際政治を専攻しました。2006年には1年間、韓国の高麗大学校で交換留学を経験。ニュースでは国同士の対立ばかりがクローズアップされますが、現地の友人との交流を通じ、ニュースの報道とは異なる側面を「自分の目で実際に見ること」の大切さを学びました。また、卒業時には中学と高校の教員免許を取得しました。

 

2008~2010年 早稲田大学大学院政治学研究科修士課程 

2010~2016年 東京大学大学院総合文化研究科博士課程 

 この頃から、これまで自分が見てきたこと、考えてきたことを子供たちに伝えたいと思い、中学・高校の教員を志望するようになりました。ただ、そのためにはもう少し自分自身がしっかり勉強する必要性を感じ、大学院に進学しました。引き続き東アジアの国際政治を専攻しました。

 


【HISTORY ② 教員時代 

2010~2012年 海城中・高等学校非常勤講師(社会科)

当時、第一次韓流ブーム真っ只中の新大久保にある海城中高で教師としてのキャリアをスタートしました。自身も男子校育ちだったため、職場はとても懐かしい感じがしました。一方で生徒たちのレベルは非常に高く、試行錯誤の毎日でした。学生時代専門としてこなかった憲法や倫理分野など、ペアを組んで下さった専任の先生にご指導いただき、自身も成長できた2年間でした。また、2011年3月11日の東日本大震災の時には、生徒たちと柔道場に泊まったことを覚えています。

 

2012~2018年 頌栄女子学院中・高等学校教諭(社会科)

専任教諭としてご縁があったのは頌栄女子学院中高でした。当然ですが初めての女子校で馴染めるかどうか不安でしたが、幸いなことに良い生徒、同僚に恵まれ楽しい教員生活を送ることができました。

 

 これまで自分が見てきたこと、考えてきたことを中高生の世代に伝えたいと思い、実際に授業や部活を通じてどんどん成長していく生徒を見ると、とてもやりがいのある仕事だと感じていました。特に、大学や社会の各方面で活躍する卒業生たちが声をかけてくれ、一緒に飲みながら近況などを聞けたこと、そして、もはや教え子たちの方が、自分なんか手の届かないハイレベルな所にいると実感できたことも教員冥利に尽きるとともに、大きな刺激となりました。